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この日だけ11月 19日 金 .


ここ最近、「LLOVE」に通いつめている。とはいえまだ4回だから、それほどではないかもしれない。なんども通っている理由は、「LLOVE」が一筋縄ではいかないものだと感じているからだ。まず「泊まれる展示」というコンセプトがおもしろい。私は基本的にはホテルと捉えて泊まったのだが、振り返ってみると展示とも意識しつつ泊まっていた。宿泊した数日後、「LLOVE」の隠されたテーマは「誤読」と聞いた。これもおもしろい。私は宿泊した際に、さまざまな「誤読」をした。

10月頭、ウェブサイトのあたかもラブホテルのパネルのようなイメージを見て、われわれは永山祐子がデザインした302号室を選び、予約を入れた。ここでわれわれは、その夜どのような過ごし方をしたいか想像しながら選んでいる。実際に、一緒に宿泊したみ江は、特別な寝間着を用意した。宿泊の当日、その用意したコスチュームをまとい「うずもれる」というテーマに従い床に寝転がってみたり、椅子に腰掛けて新聞を読んでみたりする。森に見立てられた空間での、森の妖精プレイである。しばらく部屋で過ごすと、上着や使ったタオルが樹木にかけられることに気づき、設計の妙に感心する。このあたりまで、かなり無意識に行動している。しかしどこかの時点で「LLOVE」が展示で、自分は鑑賞者でありプレイヤーであることが刷り込まれていたのだと思う。

不思議なことに、昼間になると「LLOVE」にかけられた魔法はとけ、自分はプレイヤーではなくなる。午後しばらくの間は部屋の見学ができるようになっている。しかし並んでいる部屋をひとつひとつのぞくだけでは古い施設に手を加えアートで埋めたインスタレーションのようにも見えてしまう。これは見る側の視力にもよるものだとも思うが、特にアートイベントに毒された私のような人間の場合は、鑑賞に意識的になるあまりに「誤読」の範囲が狭くなってしまうのかもしれない。見学に限定された昼の鑑賞を通して、私は宿泊という行為をともなう鑑賞を「展示」の先に設定した「LLOVE」の独自性に感心した。

「LLOVE」はかなりの数の建築家やデザイナー、アーティスト、編集者らが参加したプロジェクトである。つまり参加した人数分の「誤読」が発生する。ラブホテルというテーマと既存の施設を関係者が解釈し、それぞれの思いを込める。制作の過程ではオランダと日本という国境を超えて、さまざまな「誤読」がかたちを生み出す。

そこに宿泊する人々もまた好きなように「誤読」する。ホテルという場所はタフである。人が10数時間滞在し、飲食し、眠り、語りあう。「LLOVE」は仮設的な存在ながら、見るという行為を超えたヘビーな使われ方に入れ替わり立ちかわり直面する。無意識にせよ意識的にせよ、さまざまな身体的解釈が上書きされていく。

さらにこの場所で大きな意味を持っているのが、2階に用意された映像ルーム「LLOVE THATER」や、1階のカフェやショップ「Souvenir From Tokyo+Amsterdam」「BOEK DECK」などである。アート、建築、本、音楽、オランダといった多彩なテーマが交錯し、それぞれの枠組から意味やコミュニケーションが発生する。

11月15日に行われた【BOEK DECK LECTURE 02】60年代オランダと現代日本、『誤読』『書き換え』『遊び』の手法―コンスタント・ニーヴェンホイスのニューバビロンとその周辺の流れから―というトークイベントの中で、「LLOVE」アーキテクト・ディレクターの長坂常は「『LLOVE』では抜けだらけで、その抜けだらけの中に居場所を発見できるような、参加できるような舞台をつくれたら、と思って計画した」と説明していた。「LLOVE」はおそろしく多様な「誤読」が盛り込まれた、得体の知れない空間となっている。さまざまなイベントを発生させ「誤読」されるままに短い存在期間を終えようとしている。多くの人が参加し、「LLOVE」から何かを捉え、何らかのフィードバックを残していく。わずか1ヶ月という時間の中でたくさんの人々の思いや経験が詰め込まれた、とてもおもしろいプロジェクトだと思っている。